日本人以外にも優しい社会を

先週、銀行でカナダ人の方のお手伝いをした話を書きましたが

英語の点ではなく、日本社会についてもまた考えさせられたことがありました。

 

その方が銀行でやりたかったのが、アメリカドルの送金をドルのまま預金することで

それを係の方に伝えたところ、外貨預金の口座を作る必要があるとのこと。

じゃあ、その手続きをお願いしますと言うと

口座開設にあたっての注意事項を聞いて頂き、理解の上でサインが必要との返答で

しかもその説明は日本語のみ。

英語での説明文の用意もなく、じゃあ私が通訳したら?と言っても

銀行員の説明を、直接本人が理解しないとだめなんだそうです。

外貨預金は投資扱いになるため、リスク理解が求められるのはわかりますが

この前提である以上、日本語のわからない人は

日本では外貨預金口座は持てないことになります。

 

もちろん、他の国でもその国の言葉がわからないと

手続きが進まないことはたくさんあると思います。

私が住んでいたスペインも、英語は基本的に通じないので

いろいろなお役所の手続も、つたないスペイン語で一生懸命説明した記憶もあります。

でも、少なくともスペイン語で手伝ってくれる方がいれば、不可能なことはなかったはず。

 

日本は、幸いなことに他国に侵略された歴史を持たない、世界でも稀な国です。

それが現在、日本の独自の文化や風習の基礎になっているのは、いいことも多いものの

日本人にわかればいいという社会的慣習にもなっていて

それ以外の人にはとても不自由な思いをさせていることに考えが至らない部分もあります。

特にお役所や銀行など、日本人でさえ必要性に疑問を感じるような

形式だけとしか思われない手続きが多く存在するものは

見直していくことで、皆に優しい社会になるのに…と思った日でした。

 

1時間半ほどかかったお手伝いの後、そのカナダ人の男性は、

「日本のセレモニーの多さには本当にびっくりだね」と苦笑していました。

セレモニー=儀式かぁ、うまい表現だなと思いましたが、感心してる場合じゃない。

本当に変わってほしい日本の慣習の1つです。